ジェラゾン難民キャンプ

2009年10月9日 by kawai Leave a reply »

川合です。

普段は、イーココロ!や署名TVのシステム開発を担当しています。

先日の社員全員で行ったパレスチナツアー中、ひとり難民キャンプに行った日の記録です。

ビデオドキュメントも作りましたのでご覧ください。もう半分で完成です。

ジェラゾン難民キャンプに一人で行く。普通の町っぽかったのですぐ帰ろうとしたが、U.N.の事務所があったので聞いてみることにした。英語が通じる医者に話を聞けることになり、訪問してみた。
はじめは当然厄介払いされそうだったが、NGO支援の仕事をしていて、オックスファムの事務所に行ってみるとかして知りたいと説明すると、街をガイドしてくれることになった。
最初は、街の中心部。国連や団体の事務所、活動場所を指し示してくれた。金曜日だったので、時間があったのかもしれない。長老会の集まりのような お茶会に入れてくれたり、車で山の上の学校を見せてくれたりした。程なく歩いたところに、一面の墓場があった。多くがイスラエルによる犠牲者だとの話だっ た。ここ2年の間に、5人の若者が銃撃されて殺されたらしい。中には兄弟共々、友人同士殺されたとの話も聞いた。目新しく、墓石も無い小さな墓が痛々し かった。
その近くに、日本の支援で建てられたポンプがあった。その他に、衛生的なと殺場や保育所、集会場、トイレなど、いくつもの支援で作られた建物があった。道路も汚水があふれている場所はあったが、町の中心は良く舗装されていた。
ドクターの家に着き、一服した後、往診に着いていく。糖尿病患者を看ていた。彼一人で300人の患者を看るという。緊急病棟などないので、アパー トの一階がクリニックとなっている。夜中のケガ人は、まずここに運ばれる。ちょうど、彼の親戚の子が交通事故で運ばれた。包帯を巻く姿が手慣れていた。
疲れきったはずなのにその素振りも見せず、屋上でパレスチナでは高価な地中海の魚でBBQ。魚はあまり食べないはずなのになぜ、と思っていたら、日本人はスシを食べるから魚が好きだろう、とのこと。感動した。
その後、水タバコを吹かす。あそこはキリスト教徒の街だが、いい人たちだ。あそこは入植地で、撃ってくる。あそこの更地は幼稚園にする。などと難民キャンプの周囲を説明してくれた。
支援が確かに届き、町が形成されていく。ここには希望があるように思えた。

Part.1

Part.2

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