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旅の大学にかける個人的な想い(前半編)

10月 20th, 2009

久しぶりのラボブログ更新となってしまいました。
scommunity こと須子善彦です。

今日は、新規プロジェクトである「旅の大学」について。このプロジェクトを進める個人的なモチベーションについてお話ししたいと思います。

世の中には旅好きの人がたくさんいますよね。僕の周りにも、大学時代に世界一周をしたとか、バックパックひとつでどうのこうの、といった経験を持つ人がたくさんいます。彼らと比較すると僕自身はそれほど海外に多く行っているわけでもなく、海外をバックパックひとつで一人旅をしたことはないのですが、ここ数年は、国内を中心に旅に出る機会が多くなっています。

旅で面白いことの一つは、旅先で面白い人にたくさん出会えることです。旅人はもちろん、例えば日本のいなかに行くと、元気なおじいちゃん、おばあちゃんなど、都会で出会う人達とはまた違った、素敵な人達に出会うことが出来ます。この楽しみを知ると、ガイドブックに書いてある観光名所を巡るよりも、地元の人と一緒に、一緒でなければ行くことのできない場所や人に会いに行くようになります。そのほうが楽しく、刺激も多く、学ぶことがいっぱいあります。関東に戻ってきても、距離を越えて繋がったり、何かコラボレーションすることもできます。

僕が何度も通い、ツアーまで組んでいる隠岐諸島の離島、海士町でも、そのような出会いが数たくさんありました。(前回のツアーの様子は、YouTubeに載っています。)

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一方、都市東京にいると、自分自身を見失ったり、自分の存在価値を確認できる居場所がない、といった悩みを抱えている同世代や若い人達に数多く出会います。僕もいままで(今もですが)WEBのサービスを考え、作ったり、情報系の研究者をやってきたので、ニーズ(人々が必要としていること)を察知し、それを誰よりも早く作り上げ提供することが価値だ、といった世界にいました。スピードが速く、ともすれば、「誰も手を出していない分野、やられていない世界なんて、既にどこにもないのでは?」と東京にいると自分の無力感を感じることがあります。たまに見ますよね?初々しい大学生の夢を「そんなの既にあるよ」って言葉でつぶしてしまう大人の姿を。普通のときならばよいのですが、自分自身に自信がなくなっているときには、このような経験や東京が醸し出す雰囲気に飲み込まれ、鬱になってしまうことあります。

でも、世界や地方に目を向ければ、自分自身を必要としている人達に山ほど出会えるんですよね!また、東京のそのような「競争」の価値は、唯一の価値じゃないってことも気がつくことが出来ます。少なくとも、自分たちの世代が取り組まなければならない「問題」って、山ほどあるってことに気がつきます。そんな問題に出会ったり、自分の存在価値を発揮できる場所にたどり着いたり、素敵な人に出会ったときに、ワクワク感と共に、一気に視野が広がる経験。旅好きの人であれば、誰もや1度や2度は経験したことがあるのではないでしょうか?

この続きは、また後日!

イスラエルで感じたこと

10月 13th, 2009

須子 善彦 (scommunity)です。

他のメンバーが、イスラエル・パレスチナツアーで感じたことをまとめているので、僕からも感じたことを簡潔にまとめました。

まずは動画から。(先に紹介した「旅の大学」にて提唱したいこととして、「ブログを書くのが大変で結局書かないくらいなら、動画をとって(あるいはとってもらい)それをアップしよう!」というものがあります。実際、ブログ書くより楽です。笑)

とはいえ、文字でも書いてみますね。感じたことを羅列します。

  1. 意外と治安に関して不安に思う場面は少なかった
  2. イスラエル側は都市インフラ、人々の生活(娯楽など)で、西側諸国と変わらなかった
  3. 特にもっとも人口の多いテルアビブではパレスチナ人の存在、あるいは、パレスチナ問題の存在はかき消されているかのようだった
  4. 宗教都市エルサレムでは、黒い帽子とスーツに身を包んだユダヤ教の熱心な信者が存在感を持っていた
  5. エルサレム旧市街では、様々な人種・宗教を信じる人が小さな場を共有しており、普段は対立や衝突はみられなかった
  6. ヨルダン川西岸地区に入ったとたんに、分離壁や入植地、ボーダーでのイスラエル軍による横柄な尋問など、イスラエル国の不条理を感じ始める
  7. 僕らが案内してもらった西岸地区の地域も、子供たちは普通に遊び、いたって平和だった。ただ、そこで聞いた話は恐ろしいものばかりだった
  8. 死海やテルアビブのビーチなど、リゾート地はほんとうに「普通のリゾート」だったが、徹底的にパレスチナ人は排除されていた。そしてここでたまに爆弾テロが起きる
  9. エルサレムにもテルアビブにも町中には兵士がたくさんいた。女性の兵士もたくさん。ライフルを持ちながら彼氏とデートしている姿をよく見た。そして、だんだんその異様さにも慣れてしまう自分が居た
  10. ホロコースト記念館では、おぞましい写真や資料と共に「この国を守らないと、僕らは再びこんな目にあうんだよ」という強いプロパガンダを感じた。分離壁、ゲットー。ユダヤ人は同じようなことをパレスチナ人にしている。
  11. ホロコースト記念館には兵役についたばかりの女の子(18歳とか)の兵士がたくさん見学に来ていた。彼女らは高校までは歴史を学ばないらしい。兵役ではじめて「歴史」を学ぶのだ。

ホロコースト記念館にて

エルサレムで路線バスに乗る。ここは自爆テロが起きた場所らしい。「今起きたらどうしよう?」「いや、あれだけのセキュリティがあるから起きないだろう」。
西岸地区にいて、イスラエル軍の横暴な行動や、イスラエル国の不条理な行動に、一人の人間として憤慨をしました。西岸地区からイスラエルの行政地域に戻るとき(つまり、分離壁を越えるとき)に、イスラエル軍による取り調べがある。取り調べといっても、やつらは自爆テロをおそれガラスの向こうから監視カメラ越しに命令してくるだけだ。足を投げ出したばこを吸っている20そこらの兵士にいろいろ言われる。腹が立つ。

分離壁を越えるチェックポイント

そのような経験をしつつも、エルサレムで路線バスに乗っているときに、彼らの分離壁とセキュリティに書けるコストが、自爆テロを激減させ、市民の不安を低減させていることを、自分事として感じました。誰も、人間として、死ぬのは嫌だし、テロのような無差別殺人で死ぬのはまっぴら。その人間としての自然な思いから「イスラエル軍が自分達を守ってくれるから安心だ」と思ってしまうのです。

立場、状況が変わっただけで、180度見方が変わります。
頭では分かっていても、「命」をかけてその「場」にいて感じることで、この対立の本質に一歩近づけた気がしました。

夜の西エルサレム(新市街)の様子

イスラエル人だって好きでここに住んでいるわけじゃない。」これは、スタッフのなみちゃんが入国管理の役人に言われたことだそうです。
僕らはたまたま日本に生まれ育ちました。僕らと同じ世代のイスラエル人も、たまたまイスラエルで生まれ、育った人が大半です。先祖がこの地に入植してきたことに、彼らは意志を行使できません。
彼らは僕らと同じように、育ち、学び、他人を愛し、たくさんの思い出や大切なものをイスラエルという土地、国家の中で生み出してきたわけです。

テルアビブのビーチ

テルアビブのビーチ。
周囲は、日本人の若者が湘南海岸で遊んでいるのとまったく同じ光景が広がっています。
唯一日本と違うのは、海の上を数十分おきに軍用機が通過すること。ガザを空中から監視する偵察機だそうです。

そんなビーチで、海に浮かびながら、ツアーで感じたことを自分の中で振り返っていました。

彼らはどんな気持ちで、一票を投じ、兵役をこなし、イスラエルという国を支えているのか。
そっち側の視点を、彼らの日常生活の中から、少しでも感じることができたのが、僕のツアーでの大きな収穫です。

死海ではカメラを持っていると「撮って!」と言われます。笑