Archive for the ‘イベント情報・報告’ Category

イスラエルで感じたこと

10月 13th, 2009

須子 善彦 (scommunity)です。

他のメンバーが、イスラエル・パレスチナツアーで感じたことをまとめているので、僕からも感じたことを簡潔にまとめました。

まずは動画から。(先に紹介した「旅の大学」にて提唱したいこととして、「ブログを書くのが大変で結局書かないくらいなら、動画をとって(あるいはとってもらい)それをアップしよう!」というものがあります。実際、ブログ書くより楽です。笑)

とはいえ、文字でも書いてみますね。感じたことを羅列します。

  1. 意外と治安に関して不安に思う場面は少なかった
  2. イスラエル側は都市インフラ、人々の生活(娯楽など)で、西側諸国と変わらなかった
  3. 特にもっとも人口の多いテルアビブではパレスチナ人の存在、あるいは、パレスチナ問題の存在はかき消されているかのようだった
  4. 宗教都市エルサレムでは、黒い帽子とスーツに身を包んだユダヤ教の熱心な信者が存在感を持っていた
  5. エルサレム旧市街では、様々な人種・宗教を信じる人が小さな場を共有しており、普段は対立や衝突はみられなかった
  6. ヨルダン川西岸地区に入ったとたんに、分離壁や入植地、ボーダーでのイスラエル軍による横柄な尋問など、イスラエル国の不条理を感じ始める
  7. 僕らが案内してもらった西岸地区の地域も、子供たちは普通に遊び、いたって平和だった。ただ、そこで聞いた話は恐ろしいものばかりだった
  8. 死海やテルアビブのビーチなど、リゾート地はほんとうに「普通のリゾート」だったが、徹底的にパレスチナ人は排除されていた。そしてここでたまに爆弾テロが起きる
  9. エルサレムにもテルアビブにも町中には兵士がたくさんいた。女性の兵士もたくさん。ライフルを持ちながら彼氏とデートしている姿をよく見た。そして、だんだんその異様さにも慣れてしまう自分が居た
  10. ホロコースト記念館では、おぞましい写真や資料と共に「この国を守らないと、僕らは再びこんな目にあうんだよ」という強いプロパガンダを感じた。分離壁、ゲットー。ユダヤ人は同じようなことをパレスチナ人にしている。
  11. ホロコースト記念館には兵役についたばかりの女の子(18歳とか)の兵士がたくさん見学に来ていた。彼女らは高校までは歴史を学ばないらしい。兵役ではじめて「歴史」を学ぶのだ。

ホロコースト記念館にて

エルサレムで路線バスに乗る。ここは自爆テロが起きた場所らしい。「今起きたらどうしよう?」「いや、あれだけのセキュリティがあるから起きないだろう」。
西岸地区にいて、イスラエル軍の横暴な行動や、イスラエル国の不条理な行動に、一人の人間として憤慨をしました。西岸地区からイスラエルの行政地域に戻るとき(つまり、分離壁を越えるとき)に、イスラエル軍による取り調べがある。取り調べといっても、やつらは自爆テロをおそれガラスの向こうから監視カメラ越しに命令してくるだけだ。足を投げ出したばこを吸っている20そこらの兵士にいろいろ言われる。腹が立つ。

分離壁を越えるチェックポイント

そのような経験をしつつも、エルサレムで路線バスに乗っているときに、彼らの分離壁とセキュリティに書けるコストが、自爆テロを激減させ、市民の不安を低減させていることを、自分事として感じました。誰も、人間として、死ぬのは嫌だし、テロのような無差別殺人で死ぬのはまっぴら。その人間としての自然な思いから「イスラエル軍が自分達を守ってくれるから安心だ」と思ってしまうのです。

立場、状況が変わっただけで、180度見方が変わります。
頭では分かっていても、「命」をかけてその「場」にいて感じることで、この対立の本質に一歩近づけた気がしました。

夜の西エルサレム(新市街)の様子

イスラエル人だって好きでここに住んでいるわけじゃない。」これは、スタッフのなみちゃんが入国管理の役人に言われたことだそうです。
僕らはたまたま日本に生まれ育ちました。僕らと同じ世代のイスラエル人も、たまたまイスラエルで生まれ、育った人が大半です。先祖がこの地に入植してきたことに、彼らは意志を行使できません。
彼らは僕らと同じように、育ち、学び、他人を愛し、たくさんの思い出や大切なものをイスラエルという土地、国家の中で生み出してきたわけです。

テルアビブのビーチ

テルアビブのビーチ。
周囲は、日本人の若者が湘南海岸で遊んでいるのとまったく同じ光景が広がっています。
唯一日本と違うのは、海の上を数十分おきに軍用機が通過すること。ガザを空中から監視する偵察機だそうです。

そんなビーチで、海に浮かびながら、ツアーで感じたことを自分の中で振り返っていました。

彼らはどんな気持ちで、一票を投じ、兵役をこなし、イスラエルという国を支えているのか。
そっち側の視点を、彼らの日常生活の中から、少しでも感じることができたのが、僕のツアーでの大きな収穫です。

死海ではカメラを持っていると「撮って!」と言われます。笑

ジェラゾン難民キャンプ

10月 9th, 2009

川合です。

普段は、イーココロ!や署名TVのシステム開発を担当しています。

先日の社員全員で行ったパレスチナツアー中、ひとり難民キャンプに行った日の記録です。

ビデオドキュメントも作りましたのでご覧ください。もう半分で完成です。

» More: ジェラゾン難民キャンプ

イスラエル・パレスチナへの訪問。1日目。

10月 2nd, 2009

こんにちは。
ユナイテッドピープルの小堤です。

9月22日~27日まで弊社スタッフ全員+有志の9名で、
イスラエル・パレスチナを訪問してきました。

リアルタイムでtwitterにて報告を(少しだけ)しましたが、
今度はこのラボにて、詳細を報告します!!

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旅立ったのは22日のお昼。
成田から韓国経由で約14時間?かけて、
イスラエルのテルアビブ空港に到着。

現地についてからパスポートチェックが待ち受けているわけですが、
私の場合はあまりに観光客っぽかったのか、「目的は?」としか聞かれませんでした。

ただ、スタッフの並木はイスラエルに留学をしていたり、
何度も足を運んでいたので、別室にて5時間ほど尋問されたとのこと。
(このあたりは、本人に報告をしてもらいましょう。)

今回の旅の拠点にしたほ、NEW PALM HOTEL。
到着したのが深夜ということもあり、すぐに休みました。

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さて、1日目です。

腹が減っては戦ができぬということで、朝食です。
ナンのようなパンの中に野菜やら肉やらを詰め込んだもの。
ファラヘルという名前なので、「腹減ったらファラヘル」と覚えました。

CIMG2777

最初に訪問したのはエルサレム旧市街。
イスラム教、ユダヤ教、キリスト教の聖地と言われています。

以下の写真はかの有名な嘆きの壁の写真です。

CIMG2796

ツアー観光客がかなり多くて、ここまで観光地化されているのかと驚きました。

次に訪問したのはベツレヘム。
教会や市場を見てきました。

さらに次に訪問したのはへブロン。
弊社の関根の知り合いの知り合いの知り合い?の方に、
現地を案内していただきました。

以下の場所は、イスラエル兵と小競り合いがあり、
パレスチナの方が射殺されたことがあるという場所。
写真の奥の木の方には兵士がいて、こちらを監視しています。
お墓を作ろうにもは入れないので、作れないとのことでした。

CIMG2898

このような場所を複数案内していただきました。
最初に観光した旧市街とは異なる緊迫した雰囲気。
正直、驚くことばかりでした。

次に、以下の壁は分離壁です。
イスラエルとパレスチナを分断する壁です。
その大きさと分厚さに、何とも言えない、
重い圧迫感を感じずにはいられませんでした。

CIMG2924

その後、この壁を通るために検問所を通るわけですが、
弊社カメラマンの須子が内側で写真を撮っていまして、
兵士にその写真を削除されていました。

監視カメラなどで確認していたのだろう、とのこと。
普通なら、旅行していて写真を兵士に消されるなんてことはないので、
この場面でも、かなり驚かされました。

夜は、イスラエルの表参道的な繁華街でお食事をし、
ホテルに戻りました。非常に濃い、1日でした。
CIMG2953

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今、こうやって振り返ると、
初日から衝撃的な現実を見てきたんだなと、改めて思います。
現地では実感できていないことも、帰国してから写真や動画を見ながら
自分がそのとき何を感じたのか振り返ると、色々感じていたことが思い出されます。

僕は1日目を書きましたが、他の日については、
他のスタッフがフォローしてくれると思います。